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最新掲載
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このページはHumansBが、職種を問う事なく、あらゆる分野で関心させられる店舗を紹介するコーナーです。けっして著名さやBigでなくともGoodな店舗というのは身近に有りますよネ。それぞれの主が、職人気質にも似た「匠」でお持て成ししている姿をご案内出来ればと願っています。 |
※ 写真はクリックすると拡大します。
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店舗玄関前
清潔感ある
鴨料理
魚料理
マダム・GOYA
シェフ・呉屋哲
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旅の楽しみの一つに、そこでの郷土料理を味わうことを挙げる人は多いと思います。 それがまして海外なら本場の味を!と、事前に観光ガイドやグルメ本を熟読し予約を取り付け、いざ出陣!としたものの、店の前でどうも尻込みしてしまうことはありませんか? その中でも特にフランス料理ときたら、メニューを見てもただ傍観(実はボー観状態!)、もう頭の中はグチャグチャで思考回路は停止状態となり何が何だか分からず、仏語書きの料理名を指してニコッと笑いごまかして頼んでみたものの、運ばれて来た料理が想像していたものと全く違っても再度ニコッと「メルシー!」などと云って、取り合えず食べる物が来ただけもラッキーなのだからと自分に言い聞かせたりする。次の日あたりからは、あァ〜!もうオフランス料理なんぞ食わねぃぞゥ!とラーメン・ヤキニク・寿司等々でお腹一杯になって“ Paris ”を過ごす日々。一方、店側にしてみれば、料理の順序も知らず、前菜とチーズとデザートのみで平気に「御あいそ!」され帰られてしまうのだから「何しに来たの?」「ウチのメインディッシュも食べずに!」と愛想尽きられても致し方ないことである。 昨今は仏語だけでなく英語メニューも増えつつ有るとはいえ、食文化の違いが言語だけではカバーできない事を露呈してしまう。こんな旅ばかりやっていると、まずはその土地(国)を避けたくなるし、行くにしても日本式の多い店が点在しているなら用は足りると半ば励ましながら過ごすわけだ。今では“ Paris ”のオペラ通り周辺に和式が多いのも何となく心情として分かるし、それだけ私の様な者が多いということで需要が高いのではないだろうか。本音はフランス料理を食べたくても、格式たる料理だぞ!と脅し迫る?レストラン側の態度とそれに屈する?こちら側とに溝がどこか何となくある様に思われ、そこまでしてまで冗談じゃないョと冷えた感情にさえなってしまう。まさかと思われるだろうが、知り合いの多くは、そんな事でサッサッと Paris を後にして早く次の目的地に向う人達もいる。今回はそういうハンディを少なくとも解消?してくれる“ Paris ”のレストランを御紹介したいと思う。 日本人御夫婦が経営するフランス料理のレストラン“ Epicure 108= エピキュール 108 ”である。“ Paris ”で日本人が経営する和式は先述した様に数多く有れど、フランス料理を地元仏人相手に営んでいるレストランである。食にうるさいフランス人、ましてそれを日本人シェフが仏料理で堪能させるのだから想像しただけでもお分かりになるであろう。 この店の大きな特徴は、ドイツとスイスの国境に近い北東のアルザス料理( Alsace )や余程の鮮度が高くなければ「生」で食べることができないホタテ貝を仏料理に取り入れている点である。狩猟解禁時にはいち早く「旬」な食材を取り入れ、野鳥の鴨・雷鳥(日本では特別天然記念物指定)・スズメ・地鶏などを、シェフ自慢の味付けで時間をタップリ掛けた丁寧な下仕事で仕上げている。フランスといえば秋に Paris の界隈では「生ガキ」をレモン絞ってが一般的で、「生ガキ」を食べる習慣があるほど「生」に抵抗が無い人々である。日本では刺身や寿司が存在するゆえ、「生」で食することは当たり前になっているので貝類の「生」は一般的であるが、フランスでの習慣や保存運搬方法などを考えれば生ホタテ貝を食べるには中々困難な事である。それをこの店では仏仕立てのソースで食べさせるという事で、たちまち食通の仏人達を魅了させてしまった。それはシェフとホタテ貝卸業者の努力連携が、敢えて「火」を通さずとも「生」のまま鮮度の高い状態の食材をフランス人に提供することを可能にしたのである。 さてこれらの料理を如何に美味しく頂くかである。メニューやマナー的の面では、シェフの夫人=マダムが店内にて的確に分かり易く説明してくれる。ワインや料理の加減も適切に教えてくれるのも喜ばしい。いくら美味しいものもメインディッシュの前の料理でお腹一杯ではお話にならない。女性なら「今日はこのくらいの量で」とか「この料理にはどんなワインが良いか?」など尋ねれば気軽に応えてくれる。勿論、日本人の我々には日本語と和訳したメニューで料理内容を説明してくれる。 メニュー構成は基本的にイタリア料理と同じであるが、前菜{かスープ}( Entrees froides et chaudes )とメインの肉と魚( Poissons et Viandes )そしてチーズとデザート( Fromage et Desserts )の構成と食順になっているのが通例である。その日の出物によってはマダムより本日のお勧め( Suggestion du jour )が紹介される。自分の好みであれば、そのメニューを選ぶのも良いであろう。これは“エピキュール”の様に、鮮度の高い旬な食材を入手する業を持っているからであり、折角のお勧めは食したいものである。アペリティフ(食前酒)を飲みながらメニューを見て、本日の全料理を食事に前に注文する。その都度、頼む事はしないのが共通ルールである。 食事はゆうに 2 時間は掛かる。食事に時間を掛ける事に慣れていないセッカチな日本人には長く感じるかもしれないが、この位は普通。“ Paris ”で日本人同士が食事をしている光景を見ていると、黙々と食事をつまらなそうにしている場面に出くわすが、やはり楽しい会話をしてその時を過ごせば短すぎる時間である。大声や大笑いはマナーに反するが、食時は楽しく美味しくが基本。 日本人経営の店とは云え、本場のフランス料理の店であり、身だしなみや喫煙の最低マナーは守るのは当然であるが、肩に力を入れず気軽に美味しく楽しくフランス料理を満悦させてくれる店であることには間違いはないので、一度“ Paris ”にお出かけの際はご利用される事をお勧めしたいと思います。 尚、シェフよりこの HP を見てのご来店のお客様に限り、アペリティフ(食前酒)を無料サービスさせて頂くプレゼントがありますので、ご予約の際かご来店時にお申し下さい。 (2005年11月)
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「会社辞めて焼き鳥屋でもやろうかなァ!」とボヤく男性サラリーマンが昔は多かったものです。独立する職業に代表引用される「焼き鳥屋」。傍から見て手軽に呑気に出来る商いに写る様で、またサラリーマンの哀愁や憩いの庶民の場がそう口ずさせるのであろうか。家路へ向かう足を立ち止らせる気軽な途中駅として、この日本の庶民社交場が「焼き鳥屋」に代表されるのではないでしょうか。 店内は串のトリがジュ−!ジュ−ウ!と焼かれ、その煙りがモウモウと充満しTVのスポーツ番組を皆で観戦し、打った!勝った!ヤラレタ!と大騒ぎ。ビールもう1本!とボルテージを上げて喧騒状態。知らぬ同士が観戦しながら妙な仲間意識で繋がり一日の疲れを流している平和な国を象徴している店内。でもこんな光景はもう何十年か久しくなっている。オヤジが居なくなったのか、元気が無くなったのか。景気がやはり悪くなって一杯の酒代が捻出出来なくなってしまったのか?女性が入りにくい雰囲気では太刀打ち出来ないので当の「焼き鳥屋」自身がスマート化してしまったかもしれない。男臭さばかりでは飲食業は成り立たない事をここでも証明している。だから小洒落たテーブルとチェヤ−に壁には抽象画とJazzのBGM。備長炭使用の札・○○産の地鶏使用。見せ掛けのレトロそしてワンパターンのコースで「こんなに喰えるかァ!」と押し売り気味の内容でおまけに高い御代。一本から喰わせろって!云いたくなる店舗が増えて悪癖の横行である。庶民は何処へ行ったのか。「焼き鳥屋」だけじゃない「鮨屋」もこんなのばかりで接待用っぽいばかり作る店舗が持て囃され、質より外見、旨さよりカッコ、と嘆くのは私ばかりか・・・と。 そこでブロイラー使用鶏でガス焜炉、丸イスにカウンターで旨い焼き鳥屋をご紹介します。 ここなら1本から喰えてご満悦出来ると。ビールは633_の黒ラベルの大瓶に焼酎はスタンダードの割り物。オヤジは一羽を自分で裁く今では珍しい職人技。今、焼き鳥を一羽から裁かなくとも串に刺さったまま業者が売っているのも多いし、鶏自体が解体されて店舗に卸すのが増えているのが実態。だから料理に幅が無くなってきている。オヤジは大福様の容姿で年齢は実際には10歳は若く見えるが、鶏一筋で45年以上の職人技。店舗は自然にレトロになってしまったが、清潔感は充分。まず焼きモノからだが、注意事項を。カシラ・タン・シロなどの呼称は焼きトン屋さんなのでお間違えにならない様に。小肉・レバー・ナンコツ・皮などタレでも塩でも一皿分オーダーし、嫌いなものは外して頼む事。それが良いのです。喰えないものは喰えないのだから。その次に特製のツクネを。この味は忘れられない味になる事間違い無し。卵の黄身を潰してこのハンバーグ系のツクネをつけて食べる。女性客には特に人気の品である。次に刺身は鶏刺し。ささみをワサビかニンニクに付けて醤油で食べるのだが、厚み量ともこの大きさはそう簡単には他所では食べられないし、鮮度が命だからナマものがどうしてもダメ!という人以外はお薦めの逸品です。同じくメインでは鶏のカラ揚げ。1人ならモモ肉カラ揚げがお薦め。カラリと揚げる鶏の秘訣は鶏から抽出した100パーセント鶏油で揚げるからで、何百羽の結晶の油だからです! 口直しとでも云いましょうか、雛鶏の皮酢もサッパリして美味。食欲の無い時はこれでご飯を食べるのも一案です。他に熟練の仕事がされた品がありますが、これだけはおさえておきたいメニューをご紹介しました。冬には鍋ものもあり、鶏鍋をオーダーすることをお薦め致します。あま醤油の味ですが、生卵を付けて食べるのも牛すきやき違って旨いものです。 全体にボリュームがあるので1人より数人で食べた方が、いろいろ食せるし安上がりです。予約をするというより、席を確保したいならお電話を。小上がりが三席ほどありますので女性ならここの方が良いかも。またアルコールがダメでもOKですから、食事のみも。飲食業のプロが多く通う店舗ですから、やはり「味」は彼らが保証していると言っても過言ではないでしょう。気軽に「味」を追求したい方にはお薦めなお店ですので一度ご検分ください。 (2003年8月) 2009(平成21年)年4月20日に72歳にて大福様似の親爺さんが逝去。女将さんがその後一人で継いでます。後継者問題もこういう店では深刻なことです。親爺さんの味を求めて来ていたお客さんには寂しい限りです。
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本来、寿司というのは身近な食べ物だったはずではないか、と思うのですが如何でしょうか?。すっかり高級な部類の食べ物になってしまい「食する」には一皿の回転寿司で済ます人が多くなってしまっているのが今日かもしれない。私の子供の頃は酔っぱらった親父が、経木の箱に入った鮨を歌舞伎紐ぶる提げてお土産を家族の為?に持ち帰ってきたものである。昔の大概の親父は一軒ぐらいは馴染みの鮨屋があり、土産で事足りぬ子供達は鮨屋に「連れて行って!」とダダをこねて家族皆で、あのタチと云われるカウンターを取り巻き、ガラスケースの端から端までネタに挑戦(全部は食べられないのに)したものだ。大人になったら制覇するゾ!と誓いつつ・・・。しかし大人になったら、とても手の届かない高級な食べ物になってしまった。「バー」と同じであの暖簾をクグルには余程の覚悟がいる。特に財布の中身を充分に相談しながら。 今回紹介する「鮨屋」はナンテことない普通の街中にある「鮨屋」なのである。 私の鮨屋論は、下仕事が出来ているか、ごはん=シャリの加減はどうか、高級な魚=ネタばかりでなく一般物が工夫して裁いているか、が尺度である。そして無愛想でもガンコな職人としてお客の立場になって握っているかということが最も大事である。 今回の紹介店舗は「新御徒町」という都営・大江戸線で一番?乗降客の少ない下町にある「寿司哲」という鮨屋である。決して愛想は良くないが、女性には優しそうであり、私の条件には満たされている。 はたまた押し付けがましいが、鮨屋では鮨を握ってもらえば良いのである。変に粋がってツマミは取らない。ネタ(魚の種類)は分からなければ「これ!」と指す。握ってもらって出されたものは会話に夢中になって鮮度を落とさずに直ぐに食する。タバコは終了するまで吸わない。これらを守れば職人と一体になって旨いものが食べられる。 この「寿司哲」は貝類が得意のネタであり、三陸産等の滅多に食せないものが食べられる。また磯の香りがそれぞれに違っているのが分かる。シャリは固めで甘くてよろしい。 コハダやイカの庶民的なネタも充分に下仕事がされて、絶品! 高級のトロなど何処でも食べられるし、鮨は庶民のネタがいかに工夫されているかである。食中に、ここのオヤジの「哲っあん」が食休めで出してくれるエンガワやヒモなどをちょっとした工夫のツマミが、本体では味わえない食材となっている。 当たり前なのだが、旬な食材は旬な時に食べるのが一番美味しいのだが、今は時期を問わず世界から鮨ネタが市場に集まるのだから、食べる側の我々はいつが「旬」?だか分からないし、大きなチェーン店は30以上の品が常時揃っているし、益々と縁遠いものなっている。が、何が「旬」かをオヤジの「哲っあん」に聞きながら食すると、また一段と有り難みを感じて旨く食べられる。鮨とはそういうものであろう。 江戸前寿司とは東京湾で取れた魚類をネタにの事だが、産地を聞いて食べ比べるのも楽しいと思う。要はお金を沢山出して食するなら何処でも出来るが、これ食ってみろ!というオヤジのネタ揃えと下仕事に「勝負」するのが実に楽しいである。一ネタごと、感想を云うようにしていると、オヤジは反応が悪いと次回は又工夫してくる。これが「ザ・職人」だ!。 最後になるが、普通の鮨屋というのは何でもネタが毎日揃っていない。そんなんで、必ず予約をした方が良い。少なくとも2日前には連絡しておく事。そうすれば必ずやお望みの鮨がご馳走になれるはずである。 「新御徒町駅」から歩いて5分ほどであるが、ちょっと分からないかもしれないので、予約のついでに場所を確認して行く様に。そうすればオヤジの「哲っあん」が最高の持て成しであなたを待ってくれると思うので、一度お試しあれ。 (2002年2月) 残念ですが平成16年(2004)11月13日を以って閉店廃業致しました。 寿司屋の今日の有り方が問われる一面かもしれません。寂しい限りですが、これも時代の流れかと思います。因みに29年間の商いでした。
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「バー」という所は、中々その扉を開けるのにタメライをもつ。何かその扉の向こう側にある世界に、ある種のコワさを感じることがあるからだろうか。同じことは鮨屋などにも似た感覚があり、勇気と緊張が何故か生じる。思い切って入ってしまえ!と(フトコロは大丈夫か?と思いつつ・・・)。入るや否や途端に外音がピタッと遮られ、コワさを持続されているものの、落ち着いた雰囲気も同時に感じる世界に浸っている。これが「バー」というものかと自分なりに納得して腰を下ろし、周りのお客さんは何を飲んでいるかとキョロキョロとしたいところをグッと堪え、玄人ブッテおぼ束ない酒類を頭でクルクル考え、これ下さい!などと力んでいる自分が実に滑稽なのだが。店空間の素晴らしさ、自然を生かしたダイナミックなカウンターそして座りごこちの良い椅子や邪魔にならないBGMが一体化した「バー」との出会いが、余分な事を考えた末にめぐり逢えた。正に大人のためのバーであり、行き着いた所が「Gate・ゲート」である。 まず入るなり愛媛・砥部(とべ)焼きで亀甲文様の花瓶がドンッとカウンターに居座わり見事な花の演出。そのカウンターは一枚板(アサメラ材)で、木場に唯一浮かんでいたのを使っている代物。するとオーナーでもあるバーテンダーの関氏が登場し、鋭い眼光で「いらっしゃいませ」と低い声で迎えてくれる。これぞ「The Bar!」と感じさせてくれる。 胸のカットがV型でなく、U型のベストが何ともこの人にはとても似合う。味わい深い顔で私達をリラックスさせてくれる。関さんのシェイクは右腕一本で振る。これは中々他所では見れない。呼吸を合わせながらリズミカルにカクテルを作る。これがまた「旨い!」のだ。この一刀流は若い時に両腕で振れないほど忙しい時に編み出された技で、片方(左手)は違う作業をしていたとか。正統派には考えにくい事だが、王選手の一本足打法のようなものかもしれない。まだまだ私の能力では酒類を覚えられないが(教えてもらってもいつも酔ぱらっている!ゴメンナイサイ!)こういう感じのが飲みたいと云えば気軽に応じてくれる。その優しさは女性には何とも云えぬよろこびであろう。 バーに詳しい仲間に聞くところによれば、「Gate」には酒類がきちんと揃っているとの事である。関さんの豊富な知識の中からプロとして、一人一人のお客さんに応じた品を選んでくれる。これぞプロの成せる技であり、最高の持て成しであろう。「Gate」のお客さんは時の経つのを忘れるぐらい、このバーに身を浸しているようだ。調和の取れた器の中でバーテンダー関氏の巧みな技とリズミカルな動きは、雑多な日々に没頭している私達現代人に安らぎを与えてくれているのではないだろうか。 「バー」こそ対面接客の原点と思うが、店舗の器だけにとらわれず、その人柄がストレートにお客側に伝わる高度な接客技術が要求されるわけだから、逆に私達もお客としての最低のマナーは身に付けたいものである。その融合により「Gate」はそのプロのセンスが光り、お客さんを愉しませてくれている。何十年来の馴染み客だけでなく、関さんの人柄を聞き「Gate」を訪れる人も多いと訊く。一度機会があれば、私のように変な憶測を立てずに気楽に「Gate」の扉を押し開けて、落ち着きある世界に足を踏み入れてはいかがでしょか。 (2001年11月) 名物マスターも65歳を定年と自身で決めて2009(平成21年)年4月30日を以って閉店。閉店パーティには多くのマスターファンが押し寄せ、閉店を惜しんでました。女性に優しい人柄で多くのカップルがこの店で生まれたことでしょう。終生のマラソンや山登りそして競馬を、お金の続く限り満悦する人生を送ってもらえればと願っています。
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